Yokan 言語ツアー
Yokan(羊羹)は、静的に型付けされた Python のサブセットをネイティブコードにコンパイルする、デスクトップアプリのための処理系です。 このツアーは、その書き方をひととおり案内します。 載っているコードはすべて、いまの Yokan でそのまま動きます。 まだできないことは、最後のページの今できないことに理由付きでまとめてあります。
Yokan のアプリは普通の Python ファイルです。
開発中は本物の CPython が動かし、配るときは同じソースをネイティブバイナリにコンパイルします。
二つが同じように振る舞うかは yokan gate で確かめられます。
同じ操作の台本を両方に流し、出てきた画面を突き合わせるコマンドです(ヘッドレス実行とゲート)。
最小のアプリ
# /// script
# dependencies = ["yokan"]
# ///
from yokan import State, button, column, run, text
count: State[int] = State(0)
def view():
with column(spacing=12, padding=16):
text(f"count: {count()}", size=34)
button("+1", on_click=lambda: count.set(count() + 1))
if __name__ == "__main__":
run(view, title="counter")
このファイルは yokan init app.py が書きます(title はファイル名から取ります)。
同時に、アプリを動かすテスト tests/test_app.py と、そのテストとゲートを走らせる .github/workflows/gate.yml も書きます。
三つの動かし方があります。
$ uv run app.py # 開発: CPython + ライブリロード
$ yokan gate app.py --script "click:+1,click:+1" # 検証: 開発版とリリース版の突き合わせ
$ yokan build app.py --release # リリース: ネイティブバイナリだけを作る
先頭の 3 行コメントは uv への依存宣言です。
これがあると、uv run app.py が必要なものを揃えてからアプリを動かします。
uv run 中にファイルを編集して保存すると、ウィンドウは開いたまま、画面もハンドラも新しいコードに入れ替わります。
状態はそのまま残ります。
if __name__ == "__main__": のガードは必須です(リロードの仕組み上、これが無いと二重起動を試みるため)。
状態の持ち方
状態を持つ道具は三つあります。 使い分けはこうです。
- 一つの値なら
State[T]。 - アプリ全体で共有するひとまとまりの状態(カート、設定、画面ごとの状態)ならストア(
@store)。 フィールドだけでもよく、操作はメソッドになります。 - 何個も作れて、変更に画面が追随してほしいオブジェクトならモデル(
@model)。
変わらない値は状態ではありません。
モジュールレベルに書いたリテラル(LIMIT = 10、NAMES = ["a", "b"])は宣言です。
ハンドラからもビューからも、名前で読めます。
State
アプリの状態は、モジュールレベルに State で宣言します(from yokan import State)。
型注釈は必ず書きます(コンパイル時の型はこの注釈から決まります)。
読みは count()、書きは count.set(v) です。
count: State[int] = State(0)
name: State[str] = State("")
show: State[bool] = State(False)
items: State[list[str]] = State([])
prices: State[dict[str, int]] = State({"apple": 120})
使える型は int、str、float、bool、それらのリストと辞書、Optional(int | None)、Enum、そして後述の Value クラスと直和型です。
int の状態は書き込みのたびに 64 bit 整数の範囲をチェックするので、数の振る舞いが開発中とリリース後で変わりません。
ストア
ストア(@store)は、フィールドとメソッドをまとめた置き場です。
インスタンスは一つだけで、クラス名がそのままインスタンスの名前になります。
Cart.add(...) のように呼び、Cart.total のように読みます。
ストアはいくつでも置けて、互いのメソッドを呼べます(demo/stores.py)。
@store
class Cart:
items: list[str] = []
total: int = 0
def add(self, name: str, price: int) -> None:
self.items = self.items + [name]
self.total += price
def take_all(self, xs: list[str]) -> None:
for x in xs:
self.items = self.items + [x]
button("add", on_click=lambda: Cart.add("apple", 120))
button("clear", on_click=Cart.clear)
text(f"n={len(Cart.items)} total={Cart.total}")
フィールドは State と同じ型が使えます。
メソッドの中身はハンドラと同じ書き方で、ストア同士の呼び合いもできます。
メソッドの引数には int、float、str、bool、それらの list[...]、Value クラス、Enum を取れます。
キーワード引数と既定値も、Python と同じように書けます。
返り値の型を書いたメソッドは return <式> で終わり、ハンドラはその値を受け取れます(Cart.count())。
ビューは状態を読む場所なので、メソッドは呼べません。
読み取り専用の形が @property です。
フィールドを使った式に名前を付けたもので、フィールドと同じ場所で使えます。
@property
def label(self) -> str:
return f"{len(Cart.items)} items"
@staticmethod
def yen(n: int) -> str:
return f"¥{n}"
ストアの @staticmethod はクラスの中に置いた普通の関数で、純粋ヘルパと同じくビューからも呼べます。
モデル
モデル(@model)は何個でも作れるオブジェクトで、ビューが読んだフィールドが変わると画面が追随します。
フィールドにはデフォルトが要り、メソッドはハンドラと同じ書き方です。
@model
class Circle:
r: float = 1.0
def grow(self, by: float) -> None:
self.r += by
left = Circle()
right = Circle()
button("grow", on_click=lambda: left.grow(0.5))
モデルはモデルを参照できます。
所有する参照は Node | None(またはモデルのリスト list[Node])、所有しない逆向きの参照は Weak[Node] で書きます。
参照フィールドは None(リストは [])から始めて、ハンドラの中で繋ぎます。
from yokan import Weak, model, store
@model
class Node:
label: str = "n"
kid: Node | None = None
parent: Weak[Node] = None # 逆向きは所有しない
@store
class Tree:
root: Node | None = None
def build(self) -> None:
a = Node()
a.label = "alpha"
b = Node()
b.label = "beta"
a.kid = b
b.parent = a # 循環しない: parent は Weak
self.root = a
親子で互いを指すとき、どちらも所有にすると、互いに相手を手放せなくなります。
逆向きを Weak にしておくと、親を手放した瞬間(self.root = None)に子までまとめて解放されます。
残った側から Weak を読むと None が返ります。
読むときは walrus で絞り込みます(Optional の節と同じ形で、モデルの参照にもそのまま効きます)。
データそのものは後述のValue クラスにまとめ、ストアのフィールドに置くのが基本形です。 モデルは「共有されて、書き換わって、画面がそれに追随する」ものにだけ使います。
ビューの書き方
ビューは with でコンテナを開き、その中で要素のコンストラクタを呼ぶだけです。
呼んだ要素は、開いているコンテナに自動で追加されます。
ビュー関数は状態から画面を組み立てる純粋な関数で、書き換えはハンドラの仕事です。
def view():
with column(spacing=10, padding=16):
text(f"hello {name()}", size=20, color="accent")
with row(spacing=6):
text_field(name(), placeholder="name", on_change=name.set)
button("clear", on_click=lambda: name.set(""))
要素は用途で分かれます。
- 並べる:
column、row、grid、stack(子を重ねる)、spacer、divider、split。grid(columns=, rows=)は等分のトラックを敷き、中の要素はcol_span=/row_span=でセルをまたげます(demo/calcgrid.py)。spacer()は余った幅を引き受けます(grow=で分け合えます)。divider()は親を横切る罫線で、行の中では縦線になります。split(first, second, ratio=…)は、ドラッグできる仕切りで二つの区画を分けます。 - 入力:
button、menu_button(押すと短いメニューが開くボタン)、フォームの要素。 - 見せる:
text、link、image、svg、progress、spinner、bar_chart、line_chart。link("Docs", "https://…")は、クリックすると URL をブラウザで開きます(ヘッドレス実行ではclick:を受けても開きません)。 - 並べて見せる:
list_view、table、data_table、scroll_view/h_scroll_view。data_tableは、最初のrowがヘッダー行、以降が交互に色の付くデータ行です。 同じ列のセルに同じgrowを与えると、列が揃います(demo/table.py)。scroll_viewは中身を切り取ってスクロールさせます。height=は表示の高さを決め、grow=は親の取り分を受け取ります。 窓に合わせて伸びてほしいときは後者です。 - 重ねる:
modal、toast、context_menu(包んだ要素を右クリックすると開くメニュー)。
ここに挙げた要素は全部 demo/widgets.py に 1 ページずつ入っています。
書く前に見たいときは、そのアプリを読むのが早いはずです。
text には、文字の体裁と、文字を囲む箱を指定できます。
体裁は bold=、italic=、mono=、underline=。
折り返しの指定は wrap="nowrap"、wrap="ellipsis"(切り詰めの基準になる width= と組で使います)、max_lines=。
箱は background=、padding=、border_radius= で作ります。
状態を示すピルは、この三つで書きます(demo/badges.py)。
どれも他のスタイル指定と同じ値(リテラルか状態の読み出し)を取れるので、ピルの背景を状態に追従させられます。
サンプルでは、要素の名前をそのまま import しています(from yokan import button, column, run, …)。
名前空間で呼びたい場合は import yokan as ui(button、run)もそのまま使えます。
どちらの綴りでも、コンパイルされる結果は同じです。
テキストへの値の埋め込みは f-string です。
int、str、float、bool、Enum の値がそのまま描画でき、表示は Python の str() と同じです(2.0 は 2.0、True は True、Mood.HAPPY は Mood.HAPPY)。
float の小数点以下を揃えたいときは f"{x:.1f}" の形式指定も使えます。
{} の中では +、-、* の計算も書けます(f"{n * 2 + 1}")。
条件分岐は、ビューの中でも普通の if / elif / else です。
モーダルは、置けば開いていて、置かなければ閉じています。
だから if で包みます。
if show():
with modal():
text("confirm?")
button("yes", on_click=lambda: (done.set(True), show.set(False)))
toast も「置けば開いている」ものです。
どのコンテナの中に書いても、ウィンドウの下端にアプリの上から重なって出ます。
覆いは付かないので、その下のアプリはクリックを受け取り続けます。
duration_ms を渡すと、そのミリ秒のあとに on_close を呼んで自分で閉じます。
if が読んでいる値を消すのは、その on_close の中です。
時間はフレームワーク自身の時計で数えるので、検証スクリプトは advance:1500 と書けば、待っている人が見るのと同じものを見ます。
複数の toast は、書いた順に下から積み上がります。
split は、二つの区画を、ドラッグできる仕切りで分けたものです。
ratio は最初の区画が取る割合で、アプリ自身が持つ数値です。
仕切りをドラッグすると on_change が新しい割合を受け取り、アプリがそれを書き戻すまで何も動きません。
slider と同じ約束を、別の操作で結んだものです。
だから検証スクリプトは仕切りも slide: で動かせます。
この要素のための新しいステップは要りません。
min= / max= が無いのも同じ理由です。
区画をつぶさないための下限は、その数値を持っているハンドラの中で押さえます。
区画は引数として二つ書きます。
二つ以外は、理由を挙げて断ります。
vertical=True にすると、区画は左右ではなく上下に並びます。
split の中に split を書けば、三つの区画の配置になります(demo/split.py)。
@store
class Panes:
ratio: float = 0.5
def widen(self, r: float) -> None:
self.ratio = min(0.8, max(0.2, r)) # 下限はここに一度だけ書く
split(column(text("files"), grow=1.0),
column(text("editor"), grow=1.0),
ratio=Panes.ratio, on_change=Panes.widen)
context_menu は、包んだ一つの要素の上で右クリックしたときに出る項目を持ちます。
with context_menu(options=["Rename", "Duplicate", "Delete"], on_select=Board.pick):
with column(padding=16, background="#313244"):
text("a card")
項目はアプリ自身のデータなので、メニューが開いているかどうかに関わらずダンプに出ます。
ハンドラが受け取るのは選ばれた番号で、他の選択の要素と同じ約束です。
だからスクリプトは、メニューを開くクリックなしで select:<項目> と書けば選べます。
パネルがどこに出るかはウィンドウの側の話で、select の開いた一覧と同じ扱いです。
フォームの要素
値の入力はどれも同じ形です。 表示する値は状態から渡します。 変更はハンドラが新しい値ひとつとして受け取り、状態に書き戻します。
from yokan import store
@store
class Settings:
dark: bool = False
wifi: bool = True
volume: float = 5.0
fruits: list[str] = ["apple", "banana", "cherry"]
fruit: int = 0
tabs: list[str] = ["General", "Details"]
tab: int = 0
count: int = 1
price: float = 2.5
def set_dark(self, on: bool) -> None:
self.dark = on
def set_wifi(self, on: bool) -> None:
self.wifi = on
def set_volume(self, v: float) -> None:
self.volume = v
def pick_fruit(self, i: int) -> None:
self.fruit = i
def pick_tab(self, i: int) -> None:
self.tab = i
def set_count(self, n: int) -> None:
self.count = n
def set_price(self, p: float) -> None:
self.price = p
checkbox("Dark mode", checked=Settings.dark, on_change=Settings.set_dark)
switch("Wi-Fi", checked=Settings.wifi, on_change=Settings.set_wifi)
slider(value=Settings.volume, min=0.0, max=10.0, step=1.0, on_change=Settings.set_volume)
select(options=Settings.fruits, selected=Settings.fruit, on_change=Settings.pick_fruit)
radio_group(options=Settings.fruits, selected=Settings.fruit, on_change=Settings.pick_fruit)
tab_bar(labels=Settings.tabs, active=Settings.tab, on_change=Settings.pick_tab)
segmented(options=Settings.fruits, selected=Settings.fruit, on_change=Settings.pick_fruit)
menu_button("Fruit", Settings.fruits, on_select=Settings.pick_fruit)
int_field(Settings.count, min=1, max=99, on_change=Settings.set_count)
number_field(Settings.price, min=0.0, max=100.0, step=0.5, on_change=Settings.set_price)
- checkbox / switch:ラベルと
checked=。 ハンドラは新しい bool を受け取ります。 検証スクリプトではclick:<ラベル>がトグルです。 - slider:
value=とmin=/max=/step=。 ハンドラは新しい float を受け取ります。 スクリプトはslide:<値>で、渡した値は範囲に収まり、step に吸着します。 - select / radio_group / tab_bar / segmented:選択肢のリストと現在位置。
ハンドラは選ばれたインデックスを受け取ります。
スクリプトは
select:<ラベル>。segmentedも値の受け渡しは同じで、現在の区画を塗りつぶした一続きのピルとして描きます。 - menu_button:ラベルと、差し出す項目の一覧。
現在値はありません。
メニューから選ぶのは値の変更ではなく動作だからです。
だからラベルは変わらず、ハンドラは選ばれたインデックスを受け取ります。
上の四つと同じ選択の要素なので、スクリプトも同じ
select:<項目>で動かせます(画面に選択の要素が複数あるときはselect@1:)。 - number_field / int_field:型付きの数値。
入力中は何も報告せず、
enter、矢印キー、フィールドを離れる操作のどれかで確定します。 確定したテキストは Python のfloat()/int()と同じ規則で読み、min=/max=(両方 0 なら範囲なし)に収めてstep=に吸着させます。 ハンドラが走るのは、値が変わったときだけです。 数値でないテキストは捨てられ、フィールドはアプリの値に戻ります。 スクリプトではinput:<テキスト>が一段で確定します。 - text_field:値と
on_change=。multiline=Trueにすると、段落を入れるフィールドになります(折り返し、enterは送信ではなく改行、キャレットは表示行単位で動く)。rows=は見える行数です。
タブの中身の切り替えは、tab_bar の下に普通の if / elif を書くだけです。